「なに・・・!?」
思わぬ指摘をイザークから受けて、慌ててアスランは首筋に手をやる。
確認したいところだが自分の首筋が自分で見えるわけがない。
焦りと混乱の只中で視線をさまよわせているうちに、下世話な興味で顔を輝かせたディアッカが早速覗き込んできた。
「これは・・・何に刺されたんだこの間抜けが。」
見当違いのところを抑えていたようで、ディアッカはにやにやと笑いながら、イザークは言葉とは裏腹に、興味深そうな顔で下から覗き込んでくる。
「こりゃあ大きい虫に刺されたようで・・・」
いいながらディアッカがにやつく視線を向けたのは、いつの間にか明後日をむいているキラだった。
これは今朝早く、朝食を作るために眠気と痛む体をおして早起きしたキラが、少々の仕返しと悪戯の気持ちを込めて惰眠を貪るアスランにつけたものだった。
「キラ・・・・・・」
新妻に激甘な新夫アスランのこんな声を聞いたのは、おそらく戦時中・更に言うなら戦闘中の通信回線以来だ。
逃げ腰になりながらキラは、じりじりとディアッカの影に移動する。
「だって・・・アスランだって人のこと言えないだろ。」
反論する声も弱弱しい。
しかし。
「僕だって・・・アスランのこと好きなんだから。」
感情が高ぶって少し潤んだ瞳に、耐えるような声でそんなことを言われたら、アスランの怒りなどあっさり吹き飛んでしまう。
「キラ・・・」
相変わらずキラのことになったら盲目もいいところのアスランは、いつものキラ専用極上の微笑を浮かべると、ディアッカを蹴飛ばすように押しのけて柔らかくキラを腕の中に抱き込めた。
「ちょ・・・アスラン。人前だよ。」
「俺の可愛いキラ・・・愛してるよ。」
少しは恥らってみせるキラだが、結局は抗わないので結果は変わらない。
「あ〜あ。新婚夫婦の邪魔するヤツは、馬に蹴られてなんとやら・・・ってね。」
目の前で繰り広げられるバカップルぶりを興味深そうに観察するディアッカ。
これはこれで慣れればなかなか見ていても面白い。
「そ・・・それで、どうして虫刺されがこういう話になるわけなんだ・・・?」
必死に平静を装いながらディアッカの隣に立つイザークは、既に口調が崩れている。
ちらりと横目で盗み見ると、雪のように白い頬をうっすら紅く染めて、必死に目の前の光景を見ないようにしている彼がいた。
最近やっとこの手の光景を見ても真っ赤になって固まる・もしくは逃走するというリアクションを取らなくなったのは、ひとえにこの熱々新婚バカップルが傍にいるからなのだが、それにしてもまだまだ刺激が強すぎたらしい。
会話の裏に潜む事実にも全く心当たりがないらしく、ただただ自分を保つことに必死になっているイザークの耳に、ディアッカはそっと囁いた。
「だから、さ。昨夜はあいつら久しぶりに一緒にいられたわけで・・・」
ぼそぼそと耳打ちすれば、段々顔に血が上っていくのが手に取るようにわかる。
体を離してしばらくしてもまだ固まっているイザークを面白いおもちゃのように観察していたディアッカは、からかうように声をかける。
「お〜い。イザークさ〜ん。」
やっと意識を取り戻したイザークは、もうこれ以上は耐えられないとばかりにまだいちゃついている二人をびしっと指差した。
「お・・・っ、おま・・・おまえらなぁ! 男同士でなんという破廉恥な・・・!」
「何言ってんだよ。夫婦なんだから当たり前だろ。」
「俺が俺の妻を抱いて何が悪い。」
至極冷静なディアッカとアスランのツッコミを受けたイザークは、もうこれ以上は耐えられないと思ったのか、脱兎のごとく部屋を飛び出していった。
「イザークのヤツは未だにアレか。」
冷たい目で何故かディアッカを見るアスラン。彼のほうも不本意ながら、と少しおどけて返す。
「まだまだ道は長いんだよ。」
ディアッカの影で囁かれる「報われない男」という二つ名を全く知らないアスランは、イザークのことなどさっさと頭から締め出して、最優先人物である腕の中のキラをそっと抱き寄せた。
しかしいつもは大人しく腕に収まってくれる細い体が、腕を突っ張って抵抗してくる。
「キラ?」
訝しく思ってそっと顔を覗き込めば、キラは今にも涙をこぼしそうな瞳で何事か呟いている。
「キラ!? どうした?」
焦ってしっかり目を合わせると、逆にキラはつらそうに目を逸らした。
「そうだよね・・・僕達男同士だし・・・。そんなのおかしいよね・・・っ!」
キラの頬を一粒の涙が伝う。
アスランがその頬に手を伸ばしながら「何を言っているんだ」とその喉まで出しかけたところで、キラはアスランの腕を振り払って駆け出した。
「キラ!!」
つい今までこの腕の中で安らいでいた伴侶は、涙の残像だけを残して扉の向こうへ消えてしまった・・・