「結婚しよう。」
突然テーブルの向かいに座ったアスランから真剣な顔でそう言われて、不覚にも僕はその勢いに気圧されて固まってしまった。
アスランが最近ずっと何かを思いつめた顔をしていたから、何か悩みがあるなら言って欲しい、と言ったのは確かに僕だ。
何か悩みを抱えると一人で抱え込んで果てしなく沈み込んでいってしまうタイプのアスラン。
そんな彼の心の暗い部分を、夕食後のコーヒーブレイクや二人っきりのくつろぎタイムをセッティングして上手に吐き出させてあげるのは僕の役目だともう決まっているようなものだったから。
もうさすがに彼の兄だと言い張るほど子供でもないから、大人しく弟役に甘んじつつ、不器用な兄分の精神安定剤になってやっているのだ。
今回もそうだった。
ここ最近僕を見つめて切ない目をしていたかと思うと一人で大きな溜息をつくし、ふとした弾みにボーっとしていたり、この世の終わりを見たかのような絶望的な顔をしていたりする。
さすがに心配になって彼の身辺をそれとなく探ってみたけど、まぁまぁ順調。ラクスを良く助けていい仕事をしているようだし、特に頭痛の種になるような厄介な問題もなさそうだ。
ここは本人から聞き出すのが一番手っ取り早いと思って、さっそくいつもの手に出た。
僕が夕食当番の日に、彼の好物である母さん直伝ヤマト家仕込みのロールキャベツを用意し、終始穏やかににこやかに夕食をすませ、隙なくばっちりの温度で入れておいたコーヒーで食後のブレイクタイムへ持ち込む。
ほっと一息ついて優しい雰囲気になったところで突っ込むのだ。
『ねぇ、何か悩みがあるなら話してよ。アスランが悩んでいると僕も苦しい。』
心配しているんだぞオーラを惜しみなく全開にして、隠し事をしている罪悪感をつつく。
そしていつものようにその作戦は大成功で、アスランは苦しい顔をした後、ぽつぽつと事情を話してくれるはずだった。
はずだったのに。
ここで冒頭に戻る。
「・・・何言ってんの?」
「だから、結婚しよう。」
硬直状態から脱し切れていない硬い声のまま問うと、アスランはもう吹っ切れてしまったのかこの上なく真剣な口調でまたしても言った。
「・・・僕たち男同士だよ?」
「そんなことはわかってる。大丈夫だ。プラントの法律もオーブの法律も大西洋連邦の法律も同性結婚を禁じてはいない。」
一体いつの間に調べたのか知らないが、アスランのセリフは用意しておいたかのように流暢だ。
「そうじゃなくて! そのことについては前に話したじゃないか! いくら法律で認められてても世間は受け入れないんだよ!」
さすがに黙って聞いていられなくなってガタン、と音を立てて腰を浮かした僕を、アスランは開き直った顔で見てくる。
「世間がどう思おうと関係ない。俺はキラと一緒に居たいんだ。」
一種凶器じみた盲目の瞳で見つめてくる翠の瞳は、否というのを許さないものだったけれど、僕としてもここで折れる訳には行かない。
アスランの想いは嬉しいけれど、僕はそれを受け入れちゃいけないんだ。だって・・・
「君には立場があるだろう!?」
僕はまだいい。表向きはただのオーブ行政府役員だから。
だけどアスランは違う。
彼は元ザフトのエリートで、あの戦争をあそこまでめちゃくちゃにしたパトリック・ザラの息子として、人並み以上に外聞に気を使わなくてはならないのだ。望むと望まざるとにかかわらず、“ザラ”の名は彼に重く圧し掛かる。
「そんなものどうだっていい!! 俺はキラと離れたくないんだ!」
つい声を荒げてしまった僕に対抗するかのようにアスランも椅子から腰を浮かす。
怒っているような声とは対照的に、その目からは今にも涙が溢れそうに見えて、かえって冷静さを取り戻した僕は静かに腰を下ろした。
「そんなことしなくたって、僕は君から離れたりしないよ。」
静かに、優しく囁くように言ってやると、アスランは今にも泣きそうなほど顔をゆがめて、力なく椅子に座り込んだ。
「・・・わかってる。でも、不安なんだ。」
テーブルに肱をついた手で顔を隠すように覆うと、吐き出すように言う。
「戦争中・・・敵同士になっていたときは、ずっとお前のことばかり考えていられた。先のことなんて考えなくても良かった。戦争が終わったときも、やることが沢山ありすぎて無駄なことを考えなくても良かった。でも、今は違う。」
不安をぶつけるように喋り続けるアスラン。それをじっと聞く僕。
アスランが心のうちを晒してくるのは本当にギリギリになってからだから、僕はそれをしっかり受け止めて返さなくちゃいけない。
「だんだんだけど、世界は落ち着いてきた。俺達は将来のことを考えなくちゃならなくなった。不安なんだ。怖いんだよ。お前はずっと一緒に居てくれるって言うけど、いつそれが覆されるかも判らない。運命は残酷なんだよ。俺達を敵同士にすることだって簡単にしてのけるんだからな。」
だんだん小さくなった声が、最後には嗚咽の混じったような吐息になった。
俯いたままの頭に手を伸ばし、しなやかな手触りの髪を撫でる。
「・・・そこまでして、僕を君に縛り付けたいの?」
もう僕はこの想いで十分すぎるほどに君に縛られているのに、君はそれ以上を望むの?
「どんな些細な繋がりでもいい。俺に出来る全てでお前を捕まえておきたい。」
少し筋張った長い指が伸ばした僕の手を掴む。
繊細な見た目とは裏腹に、こめられた力が彼の想いの強さ、不安を表しているようで、僕まで少し切なくなった。
「・・・いいよ。結婚しても。」
ぽつりと漏らすような僕の声に、ぱっと顔を上げたアスランが、驚きに見開かれた目で見つめてくる。 自分であれだけ言い募ったくせにまさか受け入れてくれるとは思っていなかった、という目だ。これは。
まったく、僕をなんだと思ってるのさ。アスランにこんな顔されてはねつけられるわけないじゃないか。
「一緒に居たいと思ってるのは、君だけじゃないんだよ。」
アスランのほっぺを両手で捕まえてこつん、とおでことおでこをあわせてやる。
普段はアスランが調子に乗るからこんなことしないけど、『婚約記念』だから、これくらいはサービスしてあげる。
「・・・ありがとう。キラ。絶対幸せにするよ。」
幸せが溢れそうな声でアスランがそう言うと、逆に僕のほっぺを捕まえて唇を重ねられた。
「僕は今でも十分幸せだよ。アスランと一緒だから。」
すっとアスランの手を振り解き、テーブルから少し離れて立つと、アスランも静かに席を立つ。 怖いくらいに真剣な表情で近寄ってくるのを静かに待ち、痛いくらいに抱きしめてくる腕を甘んじて受ける。
(ああ、でも。)
温もりを分かち合いながら、腕の中でふと思う。
(この腕が僕以外のものにならないっていうのは、なかなか魅力的かもしれない。)