それに最初に気が付いたのはミリアリアだった。
事務連絡のためにキラの仕事場を訪れたとき、ふとキラの手元に目がいったのだ。
相変わらずうらやましくなるほど細い指に、きらりと指輪が光っているのが目に留まる。
あのキラがそんなものをつけるなんて珍しい・・・と思いながら無意識にその指を遡って見ると、なんと左手の薬指。
「キっ、キラ!?」
「ど、どうしたの?」
思わず驚きでひっくり返った声でキラを呼ぶと、彼も驚いてミリアリアを見上げる。
「どうしたのその・・・」
口をパクパクさせながら彼女の指差す先は、キラの指に光る小さな指輪。
そのことに気づいたキラは、とたんにはにかむと、こちらが恥かしくて赤面しそうになるほどうっとりした笑顔を浮かべた。
「ああ・・・。アスランがくれたんだ・・・v」
そして、プラチナと小さなエメラルドの輝きを楽しむように日に透かす様は、もはや結婚を間近に控えた新婦のよう・・・。いや、たとえ自分が結婚を間近に控えた新婦になったとしても、このキラに勝てる自信はない。
「・・・・・・そう。・・・よかったわね!」
彼らが同性なのは今更思い出すまでもないことだけれど、大好きな友達が幸せで、好きな人と結ばれるのならそれ以上のことはない。
自然に頬に浮かんだ表情は、自分でも満点をあげられる最高の微笑だった。
「・・・ありがとう。」
友の祝福を受けたキラも、オフィスの窓から差し込む光に照らされて、眩しいまでに輝いていた。
「キラ、いるかー・・・っと。」
ミリアリアと二人でにこにこと笑いあっていたところに、ひょいと扉から顔を覗かせたのは、同じ職場ながら違う部署に勤めるディアッカだった。
手に紙束を持っているところからして仕事で用事があったのだろうが、どこかいつもと違う雰囲気を敏感に嗅ぎ取った彼は、目敏くキラの指輪を見つけ出した。
「おー。遂にアスランもやったか。キラ、マリッジブルーは克服できたか?」
したり顔で話しかけてくるディアッカに、キラは驚いた表情で返す。
どうして、と顔に書いてあるキラににやりと笑うと、ディアッカはぱん、と紙束でキラの頭を軽くはた
きながら言った。
「あのアスランが俺に相談してきたんだぜ。お前に結婚を申し込んだのにお前の様子がおかしいってな。」
アイツもやっと報われたようでよかったよかった、と笑うディアッカ。
「もう・・・アスランたら・・・」
書類を抱きかかえてはにかむキラ。
さすがにごちそうさま、と言いたそうなミリアリア。
そんな二人を意地悪くみやったディアッカが言った。
「ウチの方も水面下で大騒ぎだぜ。《あの》アスラン・ザラが結婚指輪して現れた、相手は誰だーってな。」
頬を心持赤く染めたキラを横目に、ディアッカは今度は持っていたキャリーケースをいそいそと開くと薄い冊子をいくつか取り出した。
「でさ、どうせお前らのことだから、結婚したってったって、籍入れて二人っきりの式v なんてことくらいしかしてないんだろ。」
頷くキラを見ようともしないでスケジュール帳をめくるディアッカ。否という答えが返ってくる予想を全くしていないのだ。
「ダメだぞ。そういうのは。ちゃんと伝統に則ってやらなきゃ意味ないんだ。きちんと立会人を立てて神前に誓いを立て、披露宴で皆にお披露目する。そして初めて夫婦と認められるんだ。」
「そうなの?」と少々不安そうなキラに、「なんでそんな何世紀も前の風習に詳しいのよ。」と露骨に胡散臭げな視線のミリアリア。
キラはともかく、ミリアリアの態度は少々酷というものだろう。彼も自分の将来に向けて日々勉強なのだ。
しかし、それくらいでめげるディアッカではない。ミリアリアの冷たい言葉にさして動じた様子も見せず、かって知ったる様子で手近なデスクに腰掛けて、キラを見上げた。
「そこでだ、キラ。式場はどこにする? 俺としてはこの辺がオススメだ。目立つのがイヤだってンならラクス嬢がクライン邸を提供してくれると言ってるんだが・・・」
そういいながら彼が指差したのは先ほどキャリーケースから取り出した大量のパンフレット。
「ウエディングドレスのカタログはコレな。ついでにアスランのタキシードも見立ててやれよ。キラが選んだのならアイツ口が裂けても文句はいわねぇから。」
更に分厚いカタログをディアッカがどん、と放り出すと、ミリアリアが目を輝かせてページをめくりだす。
「キラ〜。コレなんかいいんじゃないかしら?」
「こっちの背中あきのヤツの方が色っぽくてよくないか?」
「え〜。こっちの方が可愛いじゃない。」
本人そっちのけでドレス選びを始めてしまった二人に、キラは「何で僕がドレスを着るのさ!」と必死で抗議したが、「アスランに着せても気持ち悪いだけ。」と一蹴されて終わった。
そんなこんなで、周りの者達が異常にヒートアップした結果、あれよあれよという間に二人の結婚披露宴がセッティングされてしまった。
もはやこの流れに逆らうことは不可能、と早い段階で悟ったキラが懇願したおかげで、場所はクライン邸で親しい友人達だけを集めた式になった。
いまいち気の進まなさそうなアスランに早々に見切りをつけ、自らの力で必死に抵抗しなければ、それこそちょっとしたニュースになりそうなほど大掛かりな式にされるところだったろう。
「それでは、立会人の立会いの下誓いを交わし、二人の新たな門出を祝うものとします。」
朗らかに謳い上げたラクスは、今日の主役たちに一歩譲るように、控えめなドレスを身にまとって一同を見渡した。
爽やかな海風が吹き抜けるクライン邸の広い庭には、若い二人の新たな門出を祝う友人達が揃い、頭上に広がる人口の空は、予定通り蒼く晴れ渡っている。
緑豊かな庭園に広がる芝生の上に設えられた祭壇にはラクスが神父の代わりに立ち、その両脇には立会人が並び立つ。
立会人は、年上がいいというディアッカの言により、マリュー・キサカ・バルトフェルドの三人。軍服姿が見慣れた彼らも、今日ばかりはそれぞれ着飾り、目出度いこの日を祝っている。
彼らと、彼らをまとめるラクスの前に跪いたキラとアスランは、揃いのドレスシャツを身に纏ったシンプルな装いだが、それが彼らの端正な美貌を、何より幸せそうな笑顔を更に引き立てている。
互いに目を見合わせて悪戯っぽく頷きあった二人は、オノゴロの夕日の下で交わした誓いをもう一度友人達の前で立てた。
「私。アスラン・ザラは、同じものを見て一緒に育ち、でも一度は互いに傷つけ合った、俺をカタチ作る、何よりもかけがえの無い、俺が俺で在るために必要な、一番大切な人、キラ・ヤマトを愛し、守り、生涯を通じ支えあい、共に幸せになると。死が二人を別つとも、愛し続けると・・・誓います。」
「私、キラ・ヤマトは、ずっと一緒に居てくれて支えて来てくれた一番の人、一度は傷つけあい、殺しあった、でも、本当に誰よりも大切な・・・僕が幸せになれる唯一人の人、アスラン・ザラと共に歩み、誰よりも、愛し、例え死によって別たれても、彼だけを愛し続けると誓います。」
賑やかな友の笑い声も、二人の言葉に耳を澄ましてぴたりとやみ、吹き抜ける風の音だけが耳を打つ。
草を踏む小さな足音を立てて跪く二人に歩み寄ったラクスが、そっと二人の手を取って祭壇の前に導いた。
「では、誓いの口付けを。」
彼らの戴いた女神に従い、二人は誓いの証を神と友の前に示す。
あれほどキラが恥かしがっていた誓いのキスも、目の前で幸せそうに微笑むアスランがいれば、人目などどうでもいいことのように思える。
これで僕たちは本当に結ばれるんだ。
そう思うと幸せで胸が一杯で、近づいてくる唇を目を閉じて受け止めるだけで精一杯だった。
短い口付けを終えて神父を見やると、彼女は両脇に立つ立会人たちに視線を送る。
3人で頷きあった立会人の中から、マリューが神父の前に進み出た。
「誓いが正当に交わされた事を認め、この二人を連れ合いとします。病めるときも健やかなる時も、愛し、慈しみ合い、幸せが貴方たちの間に末長くありますように・・・。」
後半の言葉は、今連れ合う事を認められた二人に向けられたもの。
マリューの言葉が終わるのと同時に、拍手が巻き起こった。
誰よりも幸せそうに、少し恥かしそうに振り返る二人の前には、共に辛いときを支えあった友の姿。
涙を流して喜んでくれるカガリやミリアリアの姿を目にして、キラの目にも涙が浮かんだ。
キラの頬を拭う優しい手。そして、耳元に囁かれた愛の言葉。
「キラ。俺は幸せだよ・・・。」
「うん。僕も・・・」
ブーケを持っていた左手にアスランの右手が重ねられる。
そして、二人の手から桜をあしらったブーケが宙に舞った。
薄紅色の花びらが、プラントの風に攫われる――――