「…久しぶり、だね」
僕はどんなに呆けた顔をしていたのだろうか。
少し、気になった。
「本当にお久しぶりですわ」
ピンクの髪の少女がにこり、と擬音がつきそうなくらい。それでいてふんわりとした上品な笑みを浮かべる。
僕に向けてくれるそれは、以前と――アスランと婚約を交わすまでと――何ら変わりがなかった。
未だに少しの罪悪感はあるけれど、純粋に嬉しかった。
「カガリも。久しぶりだね、元気…してた?」
ラクスの醸し出すピンクの暖かなオーラのすぐ傍で、なんとも形容しがたい雰囲気漂う肉親へと声を掛ける。
突如、今まで下を向いていた彼女がガバッ、と顔を上げ、これまた言葉に出来ないような表情でこちらを見つめてくる。
「え……と………カ、ガリ…?」
まったくわけの分からない状況に困惑しながらも、小さく微笑み、宥めるように視線を合わせる。
うっすらと瞳に溜まった涙に気を取られていると、押し倒さんばかりの勢いで抱き付いてきた。
「ちょっ…!カガ…――」
「このバカっ!会いたかったぞ、もう!」
店内に響き渡った声に焦る。
ただでさえ、両手にカップを持った状態だというのに、物凄い勢いで抱き付いてきてくれたおかげで、色々と気を配らないとならないのに。
ラクスに助けを求めると、やれやれ、といった感じにカガリを引き離してくれた。
「何をする!」
余計な事をするな、と言わんばかりに噛み付くカガリに対して、ラクスはやんわりと、
「こういうことは、もっと慎重に。ゆっくりと時間をかけ、人気の無い所でするものですわよ」
「……なんだかちっとも変わってないね…」
まったく違う方向に話を展開するラクスと、そんな二人に振りまわされる僕。
いつか、何度もあった光景を思いだし、思わず顔を見合わせて笑い出す。
懐かしい…そして思い出しても辛くない――寧ろ今だからこそ笑いあえる――話に発展するのにそうは時間はかからなかった。
どれもが他愛のないことだけれど、それ全てが僕の土台となっている。
時々は振り返らなきゃ、そう思った。
「ラクスもカガリも仕事大変そうだね。なんか毎日のようにニュースで名前を聞くよ」
そう、この二人は忙しい。
戦争が終わり、誰もが何らかのカタチで戦後復興に関っていかねばならないという時、彼女達はそれを指揮する、リーダーとしての道を選んだ。
因みにアスランも同様である。
「未だに自分の名前がメディアで呼ばれるというのには慣れないな。何ていうか…こう、首の辺りとかが気持ち悪いっていうか…。まぁラクスは別だろうけど。」
恨みがましそうにラクスを睨む。
「まだまだやらねばならないことはたくさんありますし、直に慣れますわよ。これからどんどん功績を積み上げなければなりませんからね」
対抗するようにカガリに視線を送ると、負けたといわんばかりに手を上げ、キラへと話しかけた。
「キラもすごいらしいじゃないか。こないだも何かのプログラムを作り上げたとか…」
「あぁー…でも二人に比べたら全然だよ。在宅…だしね」
「在宅だとうと、テレビに出ようと関係ありませんわ。どれだけ自分ができたのか。それが全てです」
「……ありがとう」
二人の気遣いに胸が温かくなる。
全ての矢面に立つことは決して楽な事でなど有り得ない。
批判だって多々受けるのだろう。
それを一身に引き受け、万人の為に解決策を見出していく。
ラクスやカガリ、そしてアスランに改めて感謝した。
「そういえばアスランは?」
「え…」
は、と思い出したようで、店内を見渡す。
「あら、今日は姿が見えませんわね。これだけキラを引き留めているというのに…」
「…今日は別なんだ」
今日は一緒に外出していない、というニュアンスで話す。
「け…喧嘩でもしたのか?」
「ううん、たまには僕だって一人で出歩くよ」
どうかこの街に居ることに気がつかないで欲しい。
こっそりと話し合いだす二人を視界に収めつつも、気に留めることもできなかった。
――醜い、な。
軽く溜め息をつく。
自覚はしているのだ。ここまで狭量な自分を。
一度でも欠片を手に入れてしまえば、全てが欲しくなる。
そんなこと無理だというのに。
ならせめて、せめて自分を優位に保ちたい。
…他人にたった一片ですら、与えたくない。
「――ラ、キラ…?」
ふ、とラクスの声で現実へと戻る。
「あっ…と、ごめん」
「大丈夫ですか?」
「うん、ちょっとボーっとしてただけだから…」
笑ってごまかす。
「あのなキ――」
カガリの声を遮るように、急いで言葉を発する。
「ごめん、もうそろそろ行かなきゃ。仕事、残ってて…」
ずっと手にしていたままのカップを戻そうと、急いで振りかえると――
「キラ?」
あまりにもタイミングの良すぎるこの男に眩暈すら覚えた。