柔らかなタッチでないキーボード、今使っているのは硬い感触で打つ度にこうガシャガシャするような感じのものだった。それはキラの好みのものではなくて、かと言って誰に言えばいいのかも分からないし、我がままかなあ・・・とも思うので、あ〜あ。と目を伏せて小さくため息をついた。
「どうした?疲れたか?」
「ん・・平気。そういうんじゃなくってさ」
「じゃあ、何?」
穏やかに笑みを浮かべたアスランが僕の手元に、邪魔にならないようにだけどコトン、とマグカップを置いてくれた。
その間にも僕は頼まれていた仕事を進めていて、指先が動く度に微かにする音でひっそりとアスランが眉を寄せた。
「ああ、それか?」
「・・うん・・・」
奥のデスクでキラと同じくモニタに向かっていたディアッカが顔を上げた。
・・・・何が、ああ。それか?な訳さ?全然ワカンネエって・・・・・
「合うの無いか聞いて来るから、少し休憩しな。キラはそれでも飲んでるといい。」
「うん。ありがと」
水色のカップを両手で持ってフウフウする仕草は、どこか幼い。それでも、彼、キラ・ヤマトの能力は第二世代のアスラン達に引けを取らないどころか、上を行く程なのだ。
「な〜、キラ。それかって?何な訳?」
「え?」
大きな目をパチパチさせてこっちを見る。そのまま何?とおそらくは無意識なんだろうが小首を傾げる。カップを持つ左手には光るエメラルド。いわゆる新婚さんの証?が何と言うか・・
・・違和感無いし。
「それって?」
こっちが聞いたのに、聞かれた事が分からないらしく逆に聞き返された。
「だからさ、アスランがお前にそれ渡して、『ああ、それか』って奴。」
「ああ、あのね。僕さ、固いキーボードってあんまり好きじゃないんだよね。だからなんだけど」
「あのちょっとの遣り取りでそれに気付いて換え無いか聞きに行ったって?」
「うん。あ、ディアッカも何かアスランに頼む事あったの?」
「いや、無いけど。いやはや、参ったね。」
「??」
「お前等さ〜、ホントにアレだよね」
「アレって?」
「・・愛の以心伝心〜って」
「え?違うってば。だって、僕よくパソコンとかキーボード壊しちゃったコトあって、アスラン一緒に選んでくれたりしたから分かるんだってば」
くるくる変わる表情。ミリアリアが自慢そうに「キラは可愛いの」とか言ってたけどさあ、ホント男の子なのに可愛いっていう言葉がはまるよなあ。一つ下だから、弟になるんだろうけど、キラと居るとたまに妹を相手にしてるような気にもなるからなあ。
「壊したって・・何で?」
「色々やらせ過ぎちゃって反応が追いつかなくなっちゃったり、キーボードは使いすぎとちょっと何か零しちゃったり?だったかなあ・・」
「そう。」
「そうするとさ、アスラン・・・怒るんだよね。でも、結局僕が使いやすいの探すの手伝ってくれるんだ。優しいよね?」
ほわん、と擬音がしそうな笑顔。何ていうかさ、背景にお花〜って感じ?お花は可愛かったり綺麗な女の子用の背景だろ〜と思っていた俺ディアッカ・エルスマンの中の常識が崩れていく。
ほわほわぽんぽんってな感じでキラの周りにお花増殖中みたいな気がするぜ。っこれが新婚オ〜ラ?いや、そうなる前からこの二人はエターナルでもアークエンジェルの通路でもこうだったっけ?
びびったもんなあ、あのアスランが・・・・堅物って面(ツラ)だったのに、この陣営ではアスラン・ザラ百面相だもんなあ。こいつとセットだと。
しみじみとキラを見つめてしまった。
ずっと一緒の幼馴染兼大切な恋人。同性とは言え、今でもこの容姿だ。喋らさず、ちょいと分からない服着せれば簡単に女だって騙せる位だ。ちなみに双子の姉だとか言うオーブのお姫様よりおとなしいし。
ん?そういえば。こいつら昨日久し振りに会えたんだったっけ?キラは確かオーブに缶詰だったから。
「あ、僕だけ飲み物。ごめんね?今ディアッカのも淹れてくるから」
じ〜っとキラを見ていたら、カップを見ていたと勘違いしたらしく、慌ててパタパタと軽い足音を立てて衝立の向こうへ消えた。
数分後、トレイに乗せたコーヒーを手に戻ってきた。
「はい。」
「サンキュ」
少し屈んで覗く首筋。相変わらずほっそいな・・・・お!
一瞬目を見開いた。シャツの影になった辺りにひっそりと咲く花のような跡。
「な〜、キラ。昨日はあいつと一緒だった?良かったな?」
「え?あ、うん」
「でもお前等大変だよな、新婚さんだってのに、長期休暇無しで、愛しのダーリン、ハニーとも離れたオシゴトだって指示されるしねえ。まあ、仲良くやってるみたいで安心したけどさ〜」
「?そりゃあ、アスランは一番大事な人だもん。そうそう喧嘩なんてしないってば。たま〜にはあるけど」
カラカイ気味に言っても普通に返される。むむ、こいつは変なトコ鈍いんだよねえ、そこが可愛いってかおもしろくあるけど。
「いやいや、そっちの仲良くじゃなくってさ。昨日の夜一緒で、だな」
「って、何言ってるの?」
「や、だってキラ。見えるからさ〜。」
「は?」
ポカン、としたキラに悪戯っぽく笑みを浮かべてみせてちょいちょい、と自分の首筋の上。さっき見た跡の辺りを指で示す。
「え?ええええ!?」
「今見えちゃったんだよ。大切にされてるってか、愛されてるな。キラ?」
「・・あ・・う・・・」
みるみる真っ赤に染まるキラ。
昨日は、久し振りに合って二回して、もう僕はダメって言ったのに
「・・いやだ。もっと、確かめさせて?」
耳朶にかかる熱い吐息。甘い擦れたアスランの声がねだる。
「・・んんっ・・ぁ・・や」
向かい合っている体にイヤだ、と伸ばしただるい腕は受け止められそっと手の甲に、指先にキスされた。
ああ、止めてくれるんだ。って、ホッとして体の力を抜いたらそのまま体位を変えられ、まだまだだと主張する彼の熱に反応してひくつく体。
「も・・・きょ・・は・・ヤ」
もう、アスランで一杯で熱くて堪らない。なのに、するすると悪戯な長い指、唇で知り尽くされた弱い所ばかり攻められ涙が止まらない。
「キラ、俺の・・キラ」
愛しそうに微笑むアスラン。額に汗で髪が数本乱れてはりついて、他人には絶対見せられないって思う顔。僕だけが知っている艶めいた男の顔って感じ。
「ィた・・ダメだ・・って」
上気した肌に吸い付く彼を退けようと頭を振った。
「ダメじゃ・・ないだろう?キラ?」
「ふ・ぁ・・ひ・・」
僕の肩に、首筋に歯を立て、舌で優しく舐めあげてと慣れた仕草で思考が落とされていく。
抉るように突き入る彼に上げさせられる擦れた甘い悲鳴と、色んな恥ずかしい音が部屋に響く。アスランに揺さぶられ続け、何度目かで意識が飛んだ。
途中まででは記憶に無いからその辺りで付けられたんだろう。見えるとこは嫌だっていつも言ってるのに!!もう。アスランの馬鹿!!
赤くなって黙りこんでしまったキラに、プッと噴出してしまうディアッカだった。
「お前等ホント見ててあきないよ。ま、困るって言うキラも、付けたいって側のアスランの気持ちもどっちも何となく分かるからさ。」
おかしそうに笑いながらデスクの引き出しを漁り出し、ペラッと差し出されたバンソウコウ。
「ま、とりあえず使っとく?」
「・・うん・・」
そこへ、シュン。と扉が開く音が響いた。