ある晴れた朝。
プラントのザラ邸の朝食風景で、それは起こった。
「は・・・婚約、ですか?」
言われた事が信じられず、思わずそう聞き返すアスラン。
その声は若干裏返り、目は大きく見開かれ、エメラルドの瞳が驚愕に揺れていた。
「そうだ。お前もそろそろ成人と言う事で、身を固めねばならんからな。プラントの国防委員長の息子に相応しい相手を選んでおいた」
急に話を進められ戸惑うアスランの心など知ってか知らずか、パトリックが口元を上げて言葉を告げる。
相手の出身国、生い立ちから、挙句の果てには面会の約束まで、次々と上げられる見知らぬ婚約者の話を呆然と聞いていたアスラン。
「・・・婚約なんて、そんな!!私は聞いてません!」
気付けば机を壊しそうな勢いで叩き、普段出した事もないような大声で父に向かって叫んでいた。
「私はそんな・・・・仕向けられたような婚約なんて絶対に嫌です!!」
自分が婚約したいと思うのも、それを約束した相手も、あいつだけだというのに。
何故そんな、自分が全く知らないような女性と婚約しなきゃいけないんだ。
「撤回してください父上・・・・・知らぬ女性とのお付き合いなど受けるつもりはありません!」
「もう無駄だアスラン。相手のほうにも話がついてしまっているからな、途中で止めるとなると外交問題になりかねん」
「父上!!!」
勝手に話を進めた父に何とか抵抗しようと詰め寄るが、如何せん「子供」である自分に一度決まってしまったそれが覆せる事などなく。
複雑な心境のまま、とうとう指定された面会の日が来てしまった。
メイドたちに用意された、真新しい服に袖を通しながらも、彼は終始不機嫌そうな表情をしてその場に佇んでいた。
せめて表面上だけでも笑顔を、と忠告を受けるが、彼は依然として憮然とした表情が変わる事などない。
だがさすがザラ家の息子、と言うだけあり、相手が到着したと聞いた途端、先程の表情から一変して取り繕ったような顔になる。
それを丁度図ったかのように扉が開き、向こうも数人の連れと共に姿を現した。
「わざわざご足労頂き、有難うございます」
「いや、丁度暇だったからな。それに此処までの道のりも結構楽しかったから、気にしないでくれ」
どう見てもアスランと同い年くらいの金髪の少女が父パトリックに応対している。
まさかこの少女が、と思ったが、どうやらそれは違うらしく。
その場に居た人物の心を見透かしたかのように、黄金色の髪を持つ少女が言い放つ。
「こっちのお姫様は只今取り込み中だ。暫く待ってもらえると助かるんだが」
「・・・・・・・は?」
何の苦もなく告げられた言葉に、流石のアスランたちも驚愕するしかなかった。
先に来た少女・・・カガリ・ユラ・アスハの言うとおりに目的の人物を待ち続けて三十分・・・・。
何時まで経っても出てくる気配のない「婚約者」に、アスランは段々と焦りが募ってくる。
本当ならすぐさま断ってしまいたいのが本音だが、まだその当の本人が出てきていない訳で。
如何したものかとのんびり椅子に座りお茶を飲むカガリを見遣った。
・・・どうする・・・・もう・・・言ってしまうか・・・・。
アスランが意を決してお断りを告げようとぎゅっと拳を握ったその時。
「ああ、やっと来たな、キラ!!」
呆れたように喋るカガリの台詞の中に、聞いたことのある名を聞いた気がして。
思わず開け放たれた扉の方面を見た。
「御免・・・なさい、遅れてしまって・・・・」
「・・・え・・・・?」
そこにいたのはドレス姿に身を包んだ、月で別れた幼馴染に瓜二つの少女。
腰まである亜麻色の髪に、透き通ったまでの美しい菫色の瞳。
何もかもが彼の記憶に残る少女と重なり、アスランは暫く硬直してしまう。
「お前、これから婚約者に会うって言うのに、寝るやつがあるか!!」
「だって・・・・眠かったんだもん。暖かくて気持ちよかったし」
「だからって・・・・・まぁ、いいや。ったく」
呆れながら溜息をつくカガリに「早くこっちに来い」と手招きされ、ゆっくりと歩を進める少女。
「遅れてすみません。私はキラ・ユラ・アスハ・・・・。オーブの第二王女です。よろしくお願いしますね?」
「あ、アスラン・ザラです。此方こそ、よろしくお願いします」
カガリの隣に立つなり、真正面に位置していた俺にふわりと微笑んで・・・・彼女は言った。
アスランはもはや頭真っ白・・・と言った感じで、それでも何とか言葉を紡ぎつつ、少女―――キラを呆然と視界に入れていた。
それから数時間後。
何とか慌しかった面会もとうとう終わりを告げ、アスハ家の人達はキラをザラ邸に残して予約してあるホテルへと帰ってしまった。
「キラ様は此方のお部屋をお使い下さい」
「有難う」
メイドに促され、ザラ邸の客室へと案内されたキラ。
部屋に一際大きく存在するベッドの脇に荷物を置き、キラはふと先程から気になっていた質問をメイドにした。
「あの・・・アスランは何処に?」
「ああ、アスラン様なら・・・。この廊下のつきあたりにある奥のお部屋にいらっしゃいますよ。そこが彼の自室なので」
メイドは最初面食らったように驚いていたが、すぐに言葉の意味を理解し、口元に手を当て微笑みながら居場所を教えてくれた。
また何かあったら呼んでくださいね、という言葉と共に去っていくメイドの背中を見送り、キラはそっと意を決したように部屋から出る。
この廊下の・・・つきあたりにある・・・・・奥の部屋・・・。
メイドに言われたとおりに、廊下を静かに進むキラ。
最奥に存在する、小柄な扉を前にして、彼女の足は動きを止めた。
――――ごくり。
不安や恐怖が入り混じった感情を胸に抱きながら、震える手でドアをノックする。
「・・・はい?」
奥から聞こえてきた声に、キラの肩が一層跳ね上がった。
「あ、あの・・・キラです。入っても宜しいですか?」
「――――、どうぞ」
一瞬の間をおいて聞こえた肯定の意に、ひとまず安心したキラから声にならない息が漏れる。
そっとドアノブに手をかけ・・・・音を立てないようにゆっくりと扉を開けた。
「御免なさい、こんな時間に・・・・」
「いや、いいよ。気にしないで」
何処かぎこちない動作で室内に案内され・・ベッドの端に腰を下ろすキラ。
相変わらず彼は窓辺からプラントの海を見下ろしていて・・・その後ろ姿を見たキラの胸がとくんと音をたてて鳴る。
「・・・・あの、さ」
「え・・・?」
そのまま夜風に当たったままの彼に見惚れていたら・・・不意に声をかけられ。
ゆっくりと此方を振り向く、何でも見透かしてしまいそうな翡翠の瞳がキラを射抜く。
「キラ、なんだな・・・?」
「・・・ぁ・・・」
真剣な眼差しで此方を見つめるエメラルドに見つめられ、視線をはずす事さえ出来なくなるキラ。
「キラ・ユラ・アスハなんて言ってるけど・・・・お前は、俺の知ってるキラ、『キラ・ヤマト』なんだよな?」
そんな事聞かなくても解る、と言えるくらい、アスランはキラを知っている。
それでも、いきなり名前を変えて現れた「婚約者」に、あいつだ、と言える確かな確証が欲しくて。
一方的だと解っていながら、言葉と視線で・・・彼女を絡め取った。
なのに、彼女―――キラは一瞬だけ驚いたものの、その表情はすぐに極上の笑みへと変化し・・・。
「うん、そう。僕はキラ・ヤマト。今は名前が違ってるけど・・・君の幼馴染の・・・・キラだよ」
見惚れるような笑顔で言いながら、キラはしっかりとアスランの視線を受け止めていた。
「キラ、キラ、キラ・・・!」
何度もその名前を呼びながら、真っ直ぐに近付いてくる彼。
もう離さないと言わんばかりにきつく抱き締められ、隙間すらないほどに密着する二人の身体。
「アスラン、苦しいよ・・・」
呼吸がままならなくなってきたため、少し息苦しそうにキラが声をあげれば、少し緩んだものの、それでも彼が身を離す事はなく。
「・・・ずっと・・・ずっと逢いたかったんだ・・・・・キラ・・・っ!」
ぎゅうううううっ
結局少し空気を取り込んだだけで、またすぐにきつく抱き締められる。
「アス・・・・・っふ」
あまりのきつさにキラが抜け出そうと腕を突っぱねれば、それすら見計らったように重ねられる唇。
「っは・・・アスラ・・・くる・・し・・・・・!っん」
「キラ・・・!」
触れただけですぐ離れた彼に抗議しても、再度今度は深く唇を重ねられ。
「・・・んぅ・・・・あ・・す・・・っく・・んンっ!」
本当に息が詰まってしまうほど、アスランの舌が口腔内を我が物顔で動き回る。
とさ・・・っ
それと共に身体中を駆け巡る快感に座っているのすら無理な状態になったキラが、重力に従ってベッドへと身を沈ませていく。
同時に口付けたままアスランもキラの後を追うようにして上へと覆いかぶさった。
「っふぁ・・ん・・・んく・・・っ」
ぱさりと軽い音をたててキラの髪がシーツの上に散らばり、逃れようと伸ばした手は何時の間にか彼の服を震えながらも掴んでいて。
「はぁ・・っ・・・は・・・・アス・・・・」
ようやく離された唇と共に、静まり返った室内にキラの乱れた息だけが木霊する。
「キラ、御免。――――いい?」
なのに、それを仕向けた彼は息一つ乱していないまま、まるで彼女を煽るような熱を含んだ瞳で見下ろしてくる。
「・・・ばか」
頬を赤く染めながら咎めるような台詞を口にしても、今の彼には全くの逆効果。
「・・キラ・・・」
自分の名を甘い声色で呼びながら、再度降りてくる彼の表情はまさにキラの鼓動を早めるのにはいささか強すぎて。
キラは段々とまどろむ意識の中、ぼんやりと一つの思考だけを頼りに、飛びそうになる意識を繋ぎとめた。
「キラ、愛してるよ・・・」
「ん・・・・・僕・・・も・・・」
ダイスキ・・・・・。
そう呟いたキラの顔は、今まで誰も見た事が無いほどに美しく、綺麗な表情をしていた。